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べっぴんぢごく 岩井志麻子 著
何世代にも渡る岡山県を舞台にした本。べっぴんのあとに必ず不細工が産まれそれが繰り返される。断ち切れない、運命というか宿命による人々の心の闇と欲望と挫折感が全体に染みわたっている。 見える足、赤い長襦袢がまるで様々な人たちの怨念が込められているようで、ちょっとだけ鳥肌がたつ感じだった。 昔々からの人間関係・住宅様式・貧富の差等々が決して私には見たことない世界のはずなのに、鮮烈に頭のなかにそれらの印象が吸い取られていき、私自身もその村落に在ったかのようなリアル感。人って、怖いね。でも真剣だね。 イン ザ・ミソスープ 村上 龍/著 これを初めて読んだのは、私が高校生の時に読売新聞に掲載されていた時。毎日毎日続きが気になってしょうがなくて、朝新聞を開くと真っ先に読んでいた。 あの時受けた衝撃より、今読んでみての衝撃の方が断然大きい。 だって、「死」がものすごい近くで普通に存在しているんだってことを改めて感じて、そして「殺す」「殺される」という行為も、日常的に何のためらいもなく私たちのすぐそばで普通に起こることなんだ、と思った。 「長生き」したいと「死にたくない」は似て非なるものであり、そのへんのニュアンスは微妙だけど明らかに異なって存在していて、矛盾だらけの欲望なんだ。 そして自分自身でほとんど感じない日本人にとっての神。みんな、自覚してないだけでほとんど全ての日本人が一度は口にしたことのある「いただきます」や「神様おねがいします」というような語にも宗教的要素が含まれている。宗教が宗教だと自覚できないほど日本人の本能のように備わっているんだろうなあ。日本人に宗教の影なんて感じられないけれど、忘れてはいけない『心に在る、絶対神』によって私たちは日々活動しているんだ。きっとまたすぐ忘れちゃうんだろうけど。 血が染みたような痕跡のある黒めのお札を、今後とも受け取りたくないなあ。 そしてすぐそばで起こりうる残忍な状態に運悪く足をつっこまないよう気を付けよう。 村上 龍は、一冊一冊書くために相当な情報を集めるのかなあ。それは当然そうなんだろうけど、どうしてもリアルすぎて「もしや・・・村上 龍の実体験か・・・?」と必ず思ってしまう。 |
現実に必ず存在する、家庭の話。どんな形であれ、誰もが一度は家族との距離の取り方接し方に悩んだこともあるだろう。 このお話は、リアル過ぎる。だから、苦しくなるけど見捨てたくなくてどんどんページをめくってしまう。 この本は、できるだけ自分の家族に特に問題が発生していない平穏な家庭環境にある人に読んで欲しい。そして、本当の幸せとまではいかなくても本当の自分についてちょっとだけ考えて欲しい。もしくは、家族の中の癌ともいえる存在の者に、この本を投げつけてやって欲しい。 |
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