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【2017/09/25 18:47 】 |
わたしのゆめ
 私は4・5歳くらいの男の子の母親。でも男の子は記憶の中でしか存在しない。 私は、普段から穏やかな運転手がルールを守っていながらも少しのミスが原因で引き起こした交通事故により、その子どもを失った。
 もうよくこれだけあふれ続けるなぁというほどずーっと心の中で自分の子どもを思い出し泣いた。現場を絶対に離れることなく、コンクリートの道におでこをくっつけて子どもを思い出しては泣いていた。

 なぜか高校2・3年生の頃担任だった伊藤先生が出てきて、何人か知り合いのいる子を含んだ自分のクラスの生徒たちと一緒に、徒歩でどこかに遊びに行く途中だった。 クラスの子たちはほぼ私のそんな姿にうんざりしていて「せんせーい。いいから早くいこうよー。」と言っていた。知り合いの子たちはたまに「ねぇ行こうよー」とか「しょうがないじゃん。もう忘れなよー」とか私にいくつかの言葉を発しつつも、早く出発しないことにちょっとイライラしていた。私は、誰の言葉にも返すことができずにただただ四つん這いになって泣き続けた。
 そしていきなり、伊藤先生が私が誰からも見えなくするために、ものすごい大量の世界史の授業のときに使う資料を投げ入れた。もう誰からも見えないけど、まるで紙の鎌倉のようになっていた。


 いつのまにか場所は変わっていて、みんな何百万円もの賞金がもらえる宝さがしをやっていた。楽しそうな声や姿が視界に入ってはくるけれど、相変わらず私だけはコンクリートの道路で泣いていた。 伊藤先生も宝さがしをしながら、たまに様子を見に来た。もう、頭の中には悲しみしかなかった。自分の子どものことだけしか考えられなかった。私が悔しくて悲しくて泣いていても、やっぱり視界にはものすごく楽しそうに走り回るクラスメイトたちの足だけしか入ってこなかったけれど誰も憎んでいないし、むしろ放っといてくれることに安心感を抱いたりしていた。。
 誰かが当たりらしき物を発見したが大喜びをしていたのもつかの間、当たりらしき物はクラスで一番元気で目立つ人が多いグループの手に渡っていた。でも、誰もなにも言わずその喜ぶ姿に拍手をおくっていた。
 そのグループが手に入れたのは「本当のあたりを手に入れるチャンスがもらえる権利券」でしかなかった。でもみんなぶーぶー言いつつも楽しんでいた。伊藤先生が突然だけどすごく絶妙なタイミングで私の子どもに何が起こったのかを説明し始めた。私はそうされるのが嫌でなかったしクラスメイトたちも少し落ち着きながらちゃんと聞いていた。その説明は、もう一度事故が起こったかのように誰の頭の中でも再現できるほど詳しかった。軽トラック、歩道を歩いていた私の息子、ちょっとだけ避ける間隔が足りずに息子に当たった、運転手側のサイドミラーに引っかかっている男の子、怖くてたまらなくてスピードをあげて振り落とそうとする運転手、どんどんどんどん状態が悪くなり全身が真っ赤にただれる男の子、ようやく振り落とせて怖いながらも少しだけほっとする運転手、振り落とされボロぞうきんのようになった男の子、私はそれを見ていた、子どもは少しだけ息をして私のことをじっと見ていた。





・・・こんな夢を見てしまった。悪い夢は公言したほうがいいと思うため、説明は下手だけどここに書かせていただきました。あー・・・・・・・・・・・・。
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【2007/03/10 06:05 】 | ( ´д)ヒソ(´д`)ヒソ(д` ) | 有り難いご意見(0) | トラックバック(0)
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