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【2026/06/03 18:10 】 |
おねがいがあります
 もし、私のブログを読んでくださっている方がいましたらおねがいがあります。

 私に、答えのようなものを出して欲しいんです。そんなこと言われても・・・と思われるかもしれません。でも、今、客観的に私を見て、どういう方向に進んでいったらいいか答えが欲しいと思っています。



 私は、今休職中ですが非常にやり甲斐のある仕事に従事しています。人の一生のほんの僅かな部分だとしても、その人その人に合わせたお仕事を紹介しより一日を充実したものにするため精一杯のフォローをさせていただく仕事です。仕事内容・職場・そして総本山である本社の経営方針にも共感していますし本当に好きな仕事だと言えます。 しかし、私はうつ病やパニック障害等をもつ精神障害者です。私はこの仕事が好きだけれど、現実には仕事に行くことが不可能になっています。そんな人材が復帰を希望していても、会社側は不安を抱くことは必死だと思います。
 よって、ここで「やり甲斐のある仕事」「好きな仕事」を諦め、会社や一緒に働く人たちにこれ以上迷惑をかけるのはイヤなのできっぱり退職した方が良いのかもしれない。そしてそれほどやり甲斐を感じる仕事じゃなくてもそれほど「大好きな仕事」と言えないにしても、自分の持つ障害に向き合いながらも社会に適合していく為にスローペースでもしくは短時間で少しずつ働いていく道を選んだほうがいいのか、悩んでおります。 自分の中では、今、どちらを選んでもいいかもしれないと思っています。


 もしよろしければ、ご意見をいただければと思います。お名前を明記していただかなくても結構です。できるだけ、私以外の人たちがどういう判断をすべきと思ってくれるのかが知りたいのです。
 お手数をおかけしもうしわけありませんが、出来る限り多くの意見を頂戴したく存じますので、どうか宜しくお願いします。
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【2006/12/07 21:39 】 | (=´ω`=)y─┛~~ 病・右 | 有り難いご意見(2) | トラックバック()
うつとコミュニケーション

 そうかもと納得。 10代の頃から既に兆候はあったけれど、本格的に社会生活がスムーズに行なえなくなったきっかけは、印刷会社でのイジメと前職の派遣会社での上司とのトラブルだった。 コミュニケーションがはかりにくい環境は、きつかったな・・・。 

 印刷会社では、50代の男性営業の人に激しく罵られた。私のことが気に入らなかったみたい。言葉の暴力の威力を、全面から感じた。あと、同じ総務の仕事をする40代の女性。彼女は感情の起伏が激しく、常にイライラしている人だった。彼女の顔色を見ながら、隣の席で仕事をしていた。 この会社で得られるものはなにもないと思い、退職を決めた。辞めて、本当に良かった。

 その後すぐ入った人材派遣会社。私の上司は、ひどく怖かった。威圧感が凄かった。すぐに機嫌が悪くなる人で、またプライドがとても高く自信に満ち溢れていた。私は彼女がとても怖かった。いつしか彼女の顔色をうかがいながらでしか仕事ができない自分に気付き、落胆した。私が気付かないと思ったのか、常日頃から上に提出する成績表の数字は私のは少なく彼女の数字になっていた。でも数字なんて正直どうでも良かった。彼女がそうするその心理が、とにかく怖かった。 そして、会社に行くことができなくなった。
 私はこの派遣会社に復職したい気持ちでいっぱいだった。仕事内容事態は大好きだったから。けれど、結果的には辞めて良かったのかもしれない。




 今の会社、本当に何の不満もない。むしろ感じるのはストレスなんかじゃなくやり甲斐だけだった。それなのにまた外に出られなくなってしまった。だから・・・自己嫌悪の気持ちでいっぱい。同じ支店で席を並べる先輩たちも、本当にいい人たちなのに。


 なにやってるんだ私。パニック障害や過去の自分の境遇への恐怖心に囚われひとりで外出もできなければ人と会話をすることもできないだなんて。声が、出なくなってしまうだなんて。 もし今の会社を辞めると決断したとしても、その後私はどこかで腰を落ち着け働くことはできるんだろうか。


 今日の自分から判断すると、強引に会社復帰をしてしまえば直にちゃんと復活できるんじゃないか、と思う。でも、私ひとりの判断ではどうにもできないほど事態は深刻だ。


 このまま誰とも話したくない。誰にも会いたくない。もう二度と傷つきたくない。そんな思いにかられるのは、単なる臆病で弱虫な私自身への甘えのせいだろう。 そう、私が今抱えている問題は、全て自分への甘えと弱さからきているんだ。情けない。

 

 社会生活はいいことばかりじゃないけれど、それでも人は足を踏ん張って立っている。どんなに風が強くても、踏ん張る力を有してる。強いわけじゃなくても、へこむことがあっても、それでも明日は笑っていたいと前を向いて歩いてる。 それができない私は、自分自身の弱さ・甘えに見を委ねるだけの、単なる社会からの落伍者なんじゃないか。この世に生きる人間としてやらなければいけない持たなくてはいけない責任を放棄した、ただの落伍者なんじゃないか。情けない。

 けれどきっと私は、明日も同じことを考え同じように一日を過ごすんだろう。 いるんな理由は、ただのいいわけなんじゃないか。

 うつは心の病気ではなく脳の病気だという。となると私は、欠陥人間だ。もはや自分を人間という枠に当てはめて良いものかどうかも疑わしい。じゃあ私ってなんだろう。 たぶんその答えは、「大きな社会小さな世間のお荷物」ということだろう。 人間として生きる意欲もなく、だからといって命を絶つ勇気もない。本当に、ただのお荷物だ。



 世の中には生きたくても生きられない人がたくさんいる。生きる価値があるのに生きられなかった人もたくさんいる。有能だからがゆえに殺されてしまう人もいる。 神様がいるのなら、その選ばれた人を今一度見極めて欲しい。いらない人材は、山ほどいる。私が、居る。人選を誤らないで欲しい。本当に削除されるべき人材は、ここに居る。
 





 骨髄バンクのように、逆に負の要素をたっぷり持った人間を集めた汚物バンクがあればいいのに。そしたら、登録第1号になりたい。絶対に。そこに登録する能力くらいは、私だってきっと持ってるだろう。

【2006/12/07 19:00 】 | (=´ω`=)y─┛~~ 病・右 | 有り難いご意見(0) | トラックバック()
ちび

 我が中澤家には、ノアというロシアンブルーのかわい子ちゃんがいます。 私にはなつかないけど、ほんっとにかわいくってかわいくって食べちゃいたいほどです。

 しょこたんのマミタスの1億倍は余裕でかわいい。 だんなさんが別の部屋に行った時などすばやく追いかけていき閉まったドアを必死で開けようとする姿、そこらの赤子よりかわいい。


 でも、あと1匹くらい欲しいなぁとずっと考えていました。でも、私の中でちょっと割り切れない部分がありまして・・・。それは、ペットショップで良く見かける『セール!!』とか『値下げしました!』などの文言。そりゃお犬様やにゃん吉を飼うには買うか貰うか拾うかしかないんだけど、なんだかこんな人間と密接にいる存在なのに、売買が行なわれるのって・・・なんだかせつない。仕方ないんだけどね。金魚とかオウムとかカメレオンとかもそうされてるわけだし。でも、特にいぬやねこは、ある程度大きくなっちゃうといつの間にかショーケースからいなくなっちゃうでしょ。あれって・・・なんだかねぇ・・・。

 で、今日は朝からなんだかそんなことを考えておりまして(プラスだんなさんへのクリスマスプレゼントについても)、ひきこもらー私は朝からカタカタとネットで調べまくっているわけですよ。


 今一歩踏み切れない理由― それは私が小学3年生の夏、大好きな大好きなおじいちゃんが死んでしまったあとです。49日の日に、お父さんのお友だちから豆シバを譲り受けたんです。その人の家に行った時、元気に走り回る子犬たちの中で、ひとりだけポツンとケージの隅っこでブルブル震えている子がいたのです。私はその子がたいそう気に入って、貰ってきたのです。名前は、スタンダードな「ちび」。
 (なんかこういうこと言うとイタイ人みたいだけど)私はちびにいろんな話をしました。親に怒られた時、おじいちゃんがいない寂しさでいっぱいになってしまった時、テストの点が悪かった時、そして姉と呼ばれる人から蹴り飛ばされ罵詈雑言を浴びせられた時・・・私は誰よりちびに話をしました。ちびに話の内容は分かってなかったかもしれないけど、そんな時いつでもちびは私をペロペロとあったかい舌で舐めてくれるのです。
 家に居辛くなった時は、ちびを連れて渡良瀬川の土手沿いを延々と歩き続けたりしました。 警戒心が強くて臆病で飼い主の私にもマジ噛みしたりするんだけど、大好きな子でした。
 その後我が家ではゴールデンレトリバーの「まめ」と姉と呼ばれる人がバッグを噛んだという理由だけで家から追い出し更には殺すとまで言い始めた、シーズーの「きゃん吉」を保護するようになり、3匹のお犬様たちでたいへん賑やかになったのでした。でも、ちびは他の子たちとは一切関わろうとしませんでした。一緒に遊ぶどころか、一緒に散歩に行くのすら嫌がりました。その頃ちびは、すでに100歳に近いおばあさん犬になってたんですけど。いつも、ちびはひとりでいることを好みました。もうおばあさんだから機敏に動くことも攻撃態勢を長時間維持することもできなかったのですが、他の子と遊んでいる時にちびから発せられる寂しそうな目が今でも忘れられません。 だから私は、他の子は父や母に任せ、ちびだけをできる限り見るようにしました。だって、ちびはおじいちゃんと交代で私の前に現れたんだもん。

 去年の夏、急激にちびは弱ってきました。もうすでに目はほとんど見えなかったのですが聴覚もほとんどない、歩こうとしても痛いのかスムーズに足を動かすこともできなくなっていました。私は、ちびのことを考えると心配で、夜様子を見ないと安心できなくなりました。 それでもちびは頑張って夏も秋も冬も乗り越えました。

 今年の1月、ちびは死んでしまいました。父の話によると、最後にくぅんと小さく泣いたとのことです。・・・これより先は、自分で今まで書き綴ってきたにもかかわらず、悲しいのでもう書けません。

 そんなわけで、大好きなものを失った時の衝撃が強すぎて今後相棒を飼うことに対して積極的な気持ちと消極的な気持ちが入り乱れているのです。


 私は、卑怯だけど大好きな人に私より先に死んでしまって欲しくありません。そんなのほんとにずるいと思うけど、大好きな人には私が死ぬまで死んで欲しくありません。文字にしてみると、本当にずるいって分かるんだけど・・・。


人間の身勝手で遺棄されてしまった犬や猫のボランティア団体 
→ http://www5b.biglobe.ne.jp/~inu-neko/

【2006/12/07 12:24 】 | ( ´д)ヒソ(´д`)ヒソ(д` ) | 有り難いご意見(0) | トラックバック()
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